2012年5月12日土曜日

それゆけ個人旅同好会=博士の臨戦下のワシントン報告



◆トイレ

さて、国内線のターミナルCに入った私は、3時間もの乗り継ぎ時間を持て余したので、President Club (コンチネンタルのラウンジ)でひと休み、コーヒーを飲んで文庫本を読む。それから、買い物ついでに、国内線のコンコースに出てみる。TIMEとダイエットコーラを買って、トイレに入る。会長の好きなアメリカ版のトイレネタだ。

テキサス州の空港のトイレには、写真のような注射器の回収ボックスがある。初めて見る人にはぞっとするものがある。NWの旧型ジャンボ機のトイレにも似たような注射器の回収箱があったな、そんなに利用する人、いや、すべき人がいるのだろうか?

アメリカのトイレは犯罪防止のため、上部と足の部分が見通せるようになっていて角度によっては丸見えだが、考え方によっては、どのトイレが空いているか人目でわかるので便利だ。ただ、初めての人は落ち着かないだろうね。特に女性は� ��

・・・初めから何も壁すらない中国式よりは、まし?


◆Photographies were prohibited

午後5時、さて、Washington D.C. 行き CO 658 便の搭乗時刻になった。機材はB737-500 100人乗りの小型機だ。President Clubを出て、ゲートへ急ぐ、搭乗ゲートC24では、何か物々しい雰囲気、そう、このゲートだけ、ロープで仕切られて個別にセキュリティチェックを行っていたのだ。

ゲート前の椅子のあるWaiting areaに入るにも、IDが必要だ。列に並んで、チェックを受ける。私の前のプエルトリコ人は、不審者らしかったのか搭乗を拒否された。会話の内容からして、搭乗チェックインした人間とこの人物が別人だったらしいのだ。オマケにIDも所持していない。

後のニュースで知ったことだがアメリカン航空ではマイアミ行きの便で靴に仕掛けたC4爆薬でテロ未遂が起こったばかり、危ない危ない。このプエルトリカンだって何を持ち込んでいたかわからない。冷や冷やして椅子に座って写真撮影すると、ここも撮影ダメと警備員に注意される。(実はこの時、不審なアジア人としてチェックされていたのかもしれない。)


自由のための裁判所のレコードを検索する方法

さすが、ワシントン行き、ペンタゴンが襲撃を受けたあとなので厳しい警戒だ。他のゲートと扱いが全然違う。

搭乗時刻になったので搭乗開始、私はアップグレードされたのでファーストクラスだ。なのにボーディングパスを切り放した後、他の数名と共に荷物の検査とボディチェックだ。コートやズボンのポケットまで調べられた。

みると私なんかより、よっぽど不審な白人連中は、ノーチェックで機内に入っている。チェックを受けているのは有色人種ばかり(彼らにとって、黄色人種である日本人は黒人と同じなのだ。)、何か不公平、いちいち説明するのが面倒くさい。

係員が「携帯電話の電源を入れろ」という。入れて使� �ないと何故使えないと問いただす。仕方なく米国でも使えるモードに変換(au のグローバルパスポートに買い換えた)、発信して発信できることを確認させ、納得してもらった。

どうやら使えない携帯電話には厳しいチェックが入ったらしい。爆弾のリモコンとでも思うのかな?、そういえば、ノートパソコン持参者は、1台1台起動してチェックしていた。

教訓、「アメリカに行くときは、ノートパソコン、日本の携帯電話は持参しないこと。」

グローバルパスポートにしておいてよかった。

10分ほどで解放され、やっと機内へ、国内線の乗り継ぎでこんなにチェックされたのは初めてだ。これではワシントンに着いてからもチェックだらけの生活なんだろうか?......と不安になる。

CO658便は定刻にHoustonを離陸、3時間程のフライト、ファーストクラスでは夕食のサービスが始まる。こ� �らは、9月のNYの時と同じで、ナイフのみがプラスチックだ。夕食はジャンバラヤをチョイス、以外に美味しい。シートを倒してひたすら眠ることにする。


1992年2月15日にガイアナで起こった

◆DC到着

機体は、ポトマック川河口に向かって旋回、一瞬、夜のペンタゴンが見えたと思ったと同時にワシントンナショナル空港(DCA; レーガン空港ともいう。)に到着、地下鉄も乗り入れている便利な空港だ。

噂では、バゲッジクレイムで荷物をpick up した後にも荷物チェックがあるとか聞いていたが、そのようなものはなかった。いやあったかもしれないが、夜9時過ぎた到着便なのでなかったのかもしれない。

この空港、国内線のみで、滑走路も2000mくらいなので、B737, MD-80などの小型機に就航が限られているが、ダレス空港と違って便利なのだ。空港のショップも充実している。


◆クリスマスの街並み

DCA(ワシントンナショナル空港)に到着した私は、まず、シャトルバンサービスを探す。

Ground Transportationのカウンターは、すでに無人になっている。電話でスーパーシャトルを呼ぼうか、と思っているうちに係員を見つけ、乗せてもらう。

空港は、バージニア州にあるのだが、ポトマック川を渡ると、そこはもうワシントンの街だ。きれいなクリスマスの装飾がなされている。何てことはない、普段のクリスマス前のアメリカだ。F Street(写真)が一番、綺麗な装飾だった。普段のワシントン、少なくとも2年前に私が見たワシントンと変わりはなさそうだ。

車は10分程で、宿泊先のHilton Garden Inn Franklin Sq.  に到着、大橋さんも宿泊したホテルだ。White House  近くでロケーションは良い。学会会場である、Washington D.C.Convention Centerは、China Townの近くなのだが、このホテルからも徒歩圏内だ。

ただ、White House, Capital(国会議事堂)、FBI本部などが徒歩数分の位置にあるので、核や細菌テロに遭遇したら、私はひとたまりもないだろう。無事チェックイン、近くのデリで遅い夕食をとる。


戦争は1975年に起こった

◆快適な地下鉄

翌日(12月9日)学会のResistrationを終えて、デリで昼食をとり(今度は、水も食糧も大丈夫)、ホテル前の地下鉄Franklin Sq.駅から、地下鉄Yellow Lineに乗る。

ワシントンの地下鉄は、日本の地下鉄に似ていて、路線を色で識別している。丸の内線が赤、千代田線が緑というのと同じだ。だから、N.Y.と違って利用しやすい。

NYでは、急行運転や、各停しか止まらない駅とか、今回のテロで復旧していなくて折り返し運転になっている区間など、複雑だ。それに比べてワシントンは各駅停車(夜のみ、アーリントン墓地駅を通過する電車がある)のみ、乗換えも簡単(階段降りるだけ、あるいは同じホームでできる)、運賃も安く利用しやすい。

チケットは紙製のプリペイドカード、しかしながら何度もチャージできる。朝夕ラッシュ時以外は、オフピーク運賃の設定があり、すべての区間で割引になる。ワシントンでは、Park and Rideが進んでいて、郊外の駅(メリーランド州、バージニア州の住宅街の駅.....といっても地下鉄で20分くらいだ)には大型駐車場が併設され、住民はここに車を止め、地下鉄で通勤するのだ。だから、ワシントンの市街は、あまり渋滞がない(NYとここが違う)。

特徴は、ソウルの地下鉄と同じく、核シェルターを考えて作られているので、非常に深いところにある。また、駅自体が2階ないし3階分吹き抜けになっていて、圧迫感のない開放的な駅になっている。

電車が接近するとランプが点滅するのも日本と似ている。電車は4両編成、ただし、緊急時を除いて、車両間の移動ができない。連結器の所のドアは開かないのだ。乗った車両から移動できないのだ。

ワシントンの地下鉄は歴史が浅く、開業してまだ25年� �こそこだ。車両も清潔で新しく乗りごこちもいい(NYとは大違い)。雰囲気はシンガポールの地下鉄に似ている。



◆ペンタゴンの傷跡

ペンタゴン駅に到着、駅の真上が国防総省だ。普段は、ペンタゴンの見学ツアーがあるのだが、現在は状況が状況なので中止されている。地下鉄駅の脇には、アメリカン航空機が衝突して崩壊したビルの鉄骨の残骸が置かれていた。

正面入り口には警備兵が自動小銃を持って立っている。何か注意している。「ロープの外側を歩け」とのこと、ロープの外側に沿って歩く、さすがにでかい。世界最大の建造物ともいわれ、毎日2万人の人間が働く、ビルは3階建てで5角形の形に内側から5層の作りになっている。

噂では、中央部の地下に非常事態用の発電用原子炉があるらしい。ポトマック川のほとりに建ててあるのは、そういう事情もあるのだろう。(冷却水採り入れのためか?)

歩いていくとハイウェイのほとりに� �る。見物人がたくさん集まっている。振り返ると、ちょうど旅客機が激突した部分の建物が切り取られたように取り壊され、ベニヤ板で塞がれている(写真)。

この翌日(10日)に丁度、復旧工事が始まったので、グットタイミングで現場を見ることができた。事故直後から、ここら一帯は封鎖されていたから、見物(?)できるようになったのは最近のことだと、他の見物客は言っていた。生々しい跡は残っていないが、一部の外壁が火事の跡のように焼けこげているのが見える。一応撮影禁止区域だが、フランクなアメリカ人は皆、写真を撮っていた。

ふと、見ると手作りの慰霊碑らしきものに国旗が添えられ、皆、献花していた。思えば、ここペンタゴンでも186名の命が失われたのだ。私も合掌、犠牲者の冥福を祈� ��た。

帰り道、ひっきりなしに飛びたつ飛行機の群をみる。すぐ近くにWashinton ナショナル空港(DCA)はある。その離陸機は丁度ポトマック側沿いに上昇するので、丁度、ペンタゴンの真上を低い高度で飛んでいるように見えるのだ。その迫力、9月11日のテロ直後、1ヶ月もの間、この空港が再開されなかった理由がよくわかった。ほとんど、2分間隔で離陸していく様は、迫力がある。



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